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金沢ってどんなとこ

金沢の歴史・文化

金沢は、戦国時代に加賀一向一揆の拠点として金沢御堂(尾山御坊)が築造され、その周りに町がつくられたのが始まりとされます。その後、織田信長軍の佐久間盛政が御堂を攻め落としましたが、盛政は本格的な築城はせず、天正11年(1583年)に前田利家が入城します。以降、大規模な城づくりが行われ、加賀、能登、越中を合わせた加賀百万石の城下町として繁栄しました。明治4年(1871年)の廃藩置県後は、一時を除き、県庁所在地として行政、文化、経済の中心として発展を続けています。
幸いにも戦災を免れた金沢には、金沢城や大名庭園である兼六園、そして寺院群や茶屋街、用水網など、歴史的な建造物やまちなみが今なお残っています。また、加賀藩を治めた前田家の歴代藩主が工芸振興に力を入れた結果、加賀友禅、九谷焼、金沢漆器、金箔など、多彩な伝統工芸が今も受け継がれています。さらに、歴代藩主は能を手厚く保護するなど、文化奨励策にも熱心で、謡や囃子が武士や町人にも親しまれたことから、現在も能楽や邦楽、舞踊が盛んで、歴史文化都市としての個性を輝かせています。

金沢の食

金沢は食べ物のおいしいまちとしても知られます。理由のひとつは豊かな食材です。山と海に囲まれたロケーションにある金沢では、四季を通じて新鮮な食材が容易に手に入ります。例えば、日本海の恵みとしてはズワイガニや甘エビ、ノドグロ、ブリなどが挙げられます。市内に広がる金沢平野はコシヒカリの主要な産地です。また、金沢を代表する食材のひとつに加賀野菜があります。これは昭和20年(1945年)以前から栽培され、現在も主として金沢で栽培されている伝統野菜で、加賀れんこん、金時草、源助だいこんなど15品目が指定されています。
「治部煮」や「鯛の唐蒸し」「かぶらずし」といった特色のある郷土食が多いのも特徴です。地元の食材を腕の立つ料理人が調理し、優美な蒔絵を施した金沢漆器や色鮮やかな九谷焼の器に盛り付けた「加賀料理」は観光客にも人気です。藩政期以来、茶道が盛んな土地柄も影響し、和菓子も多彩で、京都や松江と並び、日本三大和菓子所と称されます。質の高い地酒や地元の食材によく合う調味料も料理の味を引き立ててくれます。近年では金沢カレー、金沢おでんといったご当地グルメも知名度が上がっています。

金沢の産業

江戸時代に加賀藩が工芸振興に力を入れたことを背景に、金沢には今でもさまざまな伝統工芸産業が継承されています。中でも金箔の生産は全国シェアの98%を誇っています。
明治時代以降、湿度の高い土地柄から繊維産業が発達し、その後、繊維機械が作られるようになると、さまざまな分野へと技術が波及し、現在では工作機械や食品関連機械など、多様な機械工業が発展しています。IT関連産業も盛んで、このほかにもアパレル産業、出版、印刷工業、食品産業など多彩な産業構造を有しています。これらの産業の中には、粘り強く創意工夫を重ねる職人気質にあふれ、イノベーションを得意とし、独自の技術を確立して全国シェア1位を誇るニッチトップ企業が数多く存在している点も特徴と言えるでしょう。近年では映像・デザイン・ゲームなどクリエイティブ産業で活躍する企業、人材も増えています。
百貨店やショッピングセンター、ブランドショップなどが集積し、卸売業、小売業ともに北陸3県では最も多くの販売額を上げる商業都市でもあります。

金沢の概要

金沢市は本州中央部の日本海側、石川県のほぼ真ん中に位置します。東は富山県境から西は日本海まで東西23.3キロメートル、南は白山山麓から北の河北潟まで南北37.3キロメートルの範囲にあって、市域の南部を山地が占め、北部は金沢平野を経て日本海に臨む、自然環境に恵まれた土地です。明治22年(1889年)の市制施行以来、近隣町村との度重なる編入・合併によって市域を拡大し、平成8年(1996年)には中核市に移行しました。
金沢は四季の変化がはっきりと感じられるまちです。春や夏は晴天が続き、冬は曇りや雨の日が多く積雪もある日本海側気候です。「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるくらい雨が多いとも言われますが、雪化粧した兼六園や長町武家屋敷跡などは、金沢ならでは情緒を醸しだし、湿潤な環境は伝統工芸である漆器や金箔の製造に適しています。

面  積
468.64平方キロメートル
人  口
465,191人(平成29年4月1日現在)
人口密度
1平方キローメートル当たり992.6人(平成29年4月1日現在)
年間平均気温
15.7℃(平成28年)
年間降水量
2,390.5mm(平成28年)
年間日照時間
1,801.7時間(平成28年)