金沢に移住した経緯を教えてください。
健展 私たちはもともと、自分で設計した東京都内の賃貸マンションを事務所兼自宅として使っていました。その後、東日本大震災をきっかけに都内に住んでいるのが不安になり、神奈川県大磯町に築80年ほどの日本家屋を借りて引っ越しました。大磯を選んだのは、現地の飲食店を設計したり、同じ地域に母の実家があったりしてなじみがあったからです。大磯でも充実した生活を送っていたのですが、借家ではなく、しっかりとした自分たちの拠点を持ちたいと考え、物件を探すようになりました。大磯に住むようになって古い家屋でも手入れをすれば快適に暮らせることが分かりましたので、古民家を中心に物件を探したのですが、なかなか見つかりませんでした。そのうちに仕事で付き合いのあった不動産会社のホームページに紹介されていた金沢の町家を偶然目にして、内見に訪れました。それが平成25年(2013年)1月のことです。金沢には学生時代から何度も来たことがありますし、妻と結婚した年にも旅行に来ました。ちょうどその頃、大磯に住みながら兵庫県芦屋市に通って仕事していたことに加え、大磯から都内の現場に出向く際も移動に2時間かかることも珍しくありませんから、この距離感であれば、金沢に住みながら東京の仕事を手がけることも十分可能だと思いました。
その後、すぐに移住を決めたのですか。
健展 建築基準法が施行される以前に建てられた町家は銀行から融資が受けにくく、最初に見た物件は、資金繰りで悩んでいるうちに他の方が購入されました。ただ、これをきっかけに金沢には魅力的な町家がたくさん残っていることが分かり、他の物件を探すようになりました。そんなとき、金沢市が東京・有楽町で移住セミナーを開くことを知り、参加しました。その後、金沢暮らしを体験する「金澤ふうライフ体験モニター」に応募し、蒔絵制作や和菓子作りを体験したり、NPO法人金澤町家研究会が主催するイベント「金澤町家巡遊」のセミナーなどに参加したりしました。セミナーでは地元の銀行の職員から町家でも融資できると説明され、資金繰りに関する不安を解消することができました。その後も10数軒の町家を見学し、自分がどのように改修できるか考えながら検討を続けました。ひがし茶屋街から徒歩5分の場所にある築80年ほどの町家を契約したのは平成26年(2014年)5月のことです。平成27年(2015年)4月からは「金澤町家情報バンク」を通じて市内に仮住まいを借り、金沢での生活をスタートしました。大磯の借家は引き払いましたが、以前住んでいた都内のマンションも事務所兼自宅として利用します。
町家をどのように改修しているのですか。
健展 町家といっても、前の持ち主がリフォームしていたので、外観がモルタルの壁で覆われ、元の姿が見えなくなっていました。この場所は重要伝統的建造物群保存地区で、外観を以前のように戻す工事には助成が出ますので、これを活用し、町家らしい外観にします。1階部分は私の事務所スペースと妻が豆をテーマにした甘味を提供するカフェ、それに二人の共通の趣味であるお茶を楽しめるよう茶室をしつらえます。2階は住まいです。町家は、夏は暑くて、冬は寒いと思われるかもしれませんが、断熱材やサッシを入れて快適に過ごせるようにします。町家の空間構成を生かしますから、風通しの良さも確保できます。
金沢に実際に住んでみてどんなことを感じますか。
美由紀 金沢は茶の湯が盛んです。二人ともお茶を習っていますから、身近に一般の人もすんなりと参加できるような茶会があるのがうれしいです。百万石茶会などに参加し、楽しませてもらいましたし、金沢マラソンのときには旧高峰家で呈茶のお手伝いをしました。
健展 金沢では和菓子が日常的に食べられていることもあり、おいしく、甘すぎることもないので、以前よりよく食べるようになりました。大きな老舗の和菓子屋さんのほか、地域で愛されている小さな和菓子屋さんも多く、散歩の途中にふらっと立ち寄ることもあります。
美由紀 冬は雨や雪が多く、湿度も高いイメージがありましたが、それほどでもありません。天気の移り変わりが早く、積もっても意外とすぐ溶けますしね。それに関東だと春が終わると初夏がなく、すぐにじめじめとした梅雨になるのですが、5月、6月の金沢は本当にさわやかな気候で、青空と風が気持ちよく、散歩が楽しい季節です。
健展 金沢市内はバスが充実しているのも驚きでした。例えば仮住まいの最寄りのバス停であれば、通勤時間帯は山手線並みにバスがやって来ます。妻はバスで通勤しているのですが、帰宅する途中に武蔵や香林坊で途中下車し、買い物を楽しんでいます。
美由紀 地域の人が温かく迎えてくれます。地域のコミュニティもしっかりしていて、いろいろ教えてくれたり、何かと気に掛けてくれたりして、助かっています。
健展 移り住まれた方も多いですね。先日もオープンしたばかりのカフェに足を運んだら、店主は偶然にも大磯から引っ越してきた人でした。やはり魅力的な場所なんでしょうね。
これからの生活について聞かせてください。
健展 今はまだ首都圏の建築プロジェクトだけに携わっているのですが、これからはこちらで設計の仕事を受注していきたいですね。金沢を拠点に北陸、そして関西にも仕事を広げたいと思っています。
美由紀 今の目標はカフェのオープンです。地元の方にまた来たいと思ってもらえる店にしたいですし、金沢に移住を考えている方や町家の購入、改修を考えている方に私たちの経験をお話しできるような場所になればと考えています。
移住を検討している方にアドバイスをお願いします。
健展 金沢にはいろんなタイプの町家がたくさん残っています。全国を見渡しても、これほど町家が豊富なのは京都と金沢だけでしょう。町家への移住を考えている人にとっては、多くの選択肢がある魅力的な街だと思います。もちろん、首都圏で住宅を購入するよりも価格が安い上、質の高い暮らしを満喫できます。
美由紀 金沢の街をもっと深く知りたいときは、「ふらっとバス」や「まちのり」がおすすめです。「ふらっとバス」は住宅地や商店街などを結ぶ循環バスで、運賃は100円均一、15分間隔で運行していて、市民の暮らしぶりや生活の様子を感じられます。「まちのり」は公共レンタサイクルで街のサイズ感や駅や主要施設からの位置関係を把握するのに役立ちますよ。
プロフィール
氏名: 北出 健展(きたで たけのぶ) 北出 美由紀(きたで みゆき)
出身: 神奈川県生まれ(健展さん) 東京都生まれ(美由紀さん)
現住所:金沢市弥生 平成28年5月頃、金沢市東山に引っ越し予定
移住年:平成27年(2015年)
職業: 一級建築士(健展さん) 和菓子店勤務(美由紀さん)
北出さんがオープンするカフェはこちら!
「豆月」
金沢市東山2-3-21 TEL:080-3467-0100
http://mamezuki.exblog.jp
町屋改修の様子を北出さんがブログで紹介しています。
「金澤町家改修ものがたり」
http://jellarchit.exblog.jp