金沢に移住した経緯を教えてください。
中田 私はものづくりが好きで、高校を卒業後、山形市にある東北芸術工科大学に進み、陶芸を学びました。学生時代は夏休みや冬休みになると、長崎県波佐見市で開かれる陶芸のワークショップに参加していました。そのワークショップには全国の大学や工房から人が集まっていて、そこで金沢卯辰山工芸工房の技術研修者に出会ったんです。話を聞いているうちに面白い施設があるんだなと興味が湧き、大学卒業後に金沢卯辰山工芸工房に入りました。工房で2年間、研修を積んだ後、金沢市内で活動する陶芸家のアシスタントを務めたり、アルバイトしながら独自に勉強を続けたりし、平成23年(2011年)に自前の工房を構え、腰を落ち着けて活動を始めました。
移住を決めた理由は何ですか。
中田 金沢を選んだのは、お茶やお花を暮らしの中に上手に取り入れるなど、文化や芸術が生活に溶け込んでいる金沢の人たちの暮らしにカルチャーショックを受けたからです。例えば、玄関先に飾られている花を見たり、お茶でもてなしてもらったりすると、その人柄がよく分かりますし、それをきっかけに話が弾んだり、仲良くなれたりするせいか、人と人との結びつきがとても強く感じます。そんな感覚を自分の生活に取り入れるなら若いうちしかないと思い、移住を決めました。
ほかにも移住先の選択肢はあったのですか。
中田 ええ。移住を決めるまでには、仙台や山形、静岡、九州など、いろんな場所を見て回りました。ただ、自分のペースで暮らしやすいという点で金沢は優れていると思いました。理由のひとつは街がコンパクトで、行きたい場所にすぐにアクセスできることです。郊外に行けば生活に車が不可欠ですが、私の住んでいるようなまちなかであれば、歩いていける距離に長く地域に愛されている八百屋さんや魚屋さんがあったりして、必要なものをすべて買いそろえることができます。もちろん、他の地方都市でもそういった場所はあるでしょうが、金沢は店や施設の数も十分で、ジャンルも偏りなくそろっています。食だけを見ても、海の幸も山の幸も豊富で、和食はもちろん、フレンチやイタリアン、エスニック、ジビエなど、おいしい店がたくさんあります。味噌や醤油に加え、かぶらずしなど発酵食文化も独特ですね。
金沢で定住するにあたって不安はありませんでしたか。
中田 いえ、むしろこの先の人生を考え、一番不安要素が少なかったのが金沢でした。例えば、病院や医師の数も多いですし、タクシーやバスといった交通手段も充実しています。今はまだ元気で、本人にその気はないようですが、ゆくゆくは北海道で一人暮らしをしている父親もこちらへ呼びたいなと考えています。
工房は住まいを兼ね、築100年ほどの町家を改修したと聞きました。町家を選んだのはなぜですか。
中田 実は町家を購入したのはたまたまです。工房として使える住まいを探していたのですが、偶然、この場所を通りかかったときに町家が売りに出されていることを知って、中を見せてもらったら、入った瞬間に空気がからっと乾燥していて、陶芸をするにはいいなと思ったんです。成形した土を乾かすのに都合がいいので、湿気は少ない方がいいんです。ろくろ場、窯場を設けるのに十分な広さも気に入りました。それと、陶芸は土を練ったり、叩き締めたりする際に多少なりとも音がしますから、周囲の環境も考慮しました。閑静な住宅街だと音を気にしなければいけませんが、ここは商業区域で、ものづくりの気配があり、陶芸にもぴったりだと思いました。
確かに近隣には住宅と並んで建具屋店やベーカリー、自動車整備工場などがありますね。
中田 そうなんです。もうひとつ言えば、自分が町家というバトンを次の世代に受け継いでいく役割を果たせればという思いもありました。というのも、私が金沢に住み始めて、市民の中に伝統を代々受け継いでいく意識が根付いている点に驚かされたからです。私が生まれ育った北海道は、何もないところから新しく作っていくことが得意ですが、伝統を受け継ぐ意識は薄いので、余計に新鮮に感じました。たとえ自分が陶芸に挫折するようなことがあったとしても、他の街と違って職人や作家が多い金沢ならば、この町家を有効活用してくれる人が必ずいるはずです。
町家はどのように改修したのですか。
中田 工房は畳店だった建物です。もともとあった土間を和室を壊して広げ、ろくろ場にしています。土間の奥は台所や風呂、トイレがあったのですが、これらを2階に移し、窯場にしました。2階は居住スペースです。窯があるせいか、2階は冬でも温かいですし、風通しがいいので、夏でも快適ですよ。改修には金沢市の工芸工房開設奨励費を活用しました。
定住し始めて生活に変化はありましたか。
中田 自分や家族だけではなく、地域全体で物事を考えるようになりましたね。例えば、公民館というのは地域住民の学習や交流の場なのですが、活動が停滞しているところも少なくありません。この背景には高齢化が進んだり、若い人も仕事が忙しくて参加できなかったりとさまざまな理由があると思います。こうした課題を私たち住民が知恵を出し、工夫することで、今の自分たちにあった仕組みやスタイルに変えていければいいなと考えています。
移住を検討している方にアドバイスをお願いします。
中田 金沢への移住に限った話ではありませんが、家を買うならば、購入を決める前にその家で一晩寝てみることをおすすめします。泊まるのが無理な場合は、夕方や夜の時間帯にもその場所へ足を運んでみてください。そうすると、昼間には気付かなかったことが見えてきますよ。
プロフィール
氏名: 中田 雄一(なかた ゆういち)さん
出身:北海道生まれ
現住所:金沢市材木町
移住年:平成23年(2011年)
職業:陶芸家
中田さんが運営している工房はこちら!
「ねんどスタジオ」
金沢市材木町5-3 兼六園から徒歩8分